サウンドディレクターを務める江口です。私は過去様々なジャンルのレコーディング現場のディレクターを経験してきました。私が経験してきたレコーディング手法は、現在の主流である音の波形をデジタル変換してPCへ波形データとして取り込みソフトウェアで処理をするデジタルレコーディングという手法です。音楽制作現場がデジタルレコーディングを導入する前の、テープやレコード等がレコーディングに用いられた時代の話は先輩方からお話を聞く機会はありましたが、私自身レコード制作は CHIGUSA Recordsのプロジェクトが初めての経験になります。
東芝EMIでディレクターをされていた城水さんと共にCHIGUSA Records録音班としてレコーディング手法からマスター(原盤の音源)制作までの過程を約3ヶ月間に渡り入念に計画をしてきました。ここでひとつ録音班の秘話をご紹介します。
まず基本的な考えですが、アナログは連続のデータ、デジタルは不連続のデータという違いがあります。アナログはデジタルより微妙なニュアンスや繊細な表現が出来ますが、デジタルはバイナリ(O/1の二進数)のデータ形式である為、情報量が少なくてすみ、機器の小型化や通信の分野、データ処理のしやすさなどを理由に急速にデジタルが普及しました。
昨今多くのものがアナログからデジタルへ取って代わられています。音楽流通媒体がレコードからCDに移行しただけでなくカメラ、テレビ、書籍までもがデジタル化されてきました。日々の技術進歩によりデジタルはより詳細に、鮮明に、自然に近づいていますが連続のデータであるアナログほどの再現性にはデジタルは太刀打ちすることは出来ません。
先述した音楽流通媒体の多くをCDが占めている現在でもオーディオマニアと言われる人達にはレコードは根強い人気があります。
本プロジェクトでは、CHIGUSA Recordsの商品としてレコードとCDを制作します。それに伴う私達録音班のミッションは以下の3つ。
[Mission①] 東洋化成へ納入するマスターはなるべく良い音質を保持する。
[Mission②] マスタリング(曲間の長さや全体のバランス音量調整)をレコード/CD共に同等の処理をする。
[Mission③] 後々のダウンロード販売を見据えてデジタルデータのハイレゾ音源(High Resolution:CD以上の高音質の音源)の録音もする。
※ 特に今回ネックとなるのは[Mission①]のレコードのマスターの音質保持になります。
上記の条件を満たす為にどのようにレコーディング/マスター制作すればよいか、製造元となる東洋化成と打ち合わせに臨みました。
マスターの納入可能な媒体は以下の3通り。媒体の詳細はリンクを参照ください。
・DAT
--- 候補を上から順に検討していきます
レコード制作を主目的とするならばアナログテープを用いていて録音することが最善策です。しかしながら今回レコーディングに使用させていただくランドマークスタジオにアナログテープのレコーダーは設備として所有しているものの長年使用をしていない為動作の保障が出来ないとの事。
アナログテープのレコーダーをレンタルすることも視野に入れ検討しましたがアナログテープも希少で入手が困難な事、[Mission③]を実現するためレコーディング時にデジタル機材とアナログ機材を双方同時に扱わなければいけない事、録音媒体がふたつ存在することにより[Mission②]を満たすことが困難な事等を踏まえ、レコーディング時にアナログテープで録るこの案は不採用としました。
CD-DAと音質に大差がなくCD-DAの方が手軽に用意出来る為、候補からから除外。
現在のレコーディングスタジオでは録音機材の技術進歩によりCDよりも高音質な音でのレコーディングを行います。しかしCD-DAでの納入方法では、録音した高音質な音からCDと同等の音質に劣化させレコードのマスターとしなければなりません。
アナログ特有の連続性のあるレコードを制作するのにCDと同じ音質のものをマスターに使用するのはレコードの性質を活かしきれず、この案の採用に疑問が残ります。
そこで録音班の城水さんと相談し、この案より高音質な音で納入する方法を検討してみました。
--- 追加案!
■レコーディング時の高音質データを納入
そもそもレコーディング時の高音質なデジタルデータで東洋化成に納入する事は不可能ではありませんが、L-Rのラインアウトが0.9秒の時間差出力出来る環境があることが条件になります。これはソフトウェア等で対策出来るレベルの技術問題ではなく特殊なハードウェアが必要です。実現可能な方法/機材はないか情報収集し何案か候補が挙がりましたが"0.9秒時間差の2系統ラインアウト"の条件は難しくどれも条件を満たす事は出来ませんでした。この案は非常にハードルが高く実現が不可能です。
--- ミッションを遂行の為の奥の手!
■高音質を保持した状態のデジタルデータでマスタリング、その音源をアナログテープに移す。
この方法をわかりやすく説明をすると、CDのマスターのデジタルデータを完成させ、そっくりそのままアナログテープに移し変えレコードのマスターとするという手法です。これにより[Mission②]のデジタルとアナログのマスタリング後のデータも同等になり。[Mission①]のレコードのマスターをCDの音質に合わせ劣化させる必要もありません。レコーディング当日はデジタルデータの録音だけに専念でき[Mission③]のハイレゾ音源も録音できます。
この方法を採用すべくレコーディング後デジタルデータをアナログテープに移すスタジオの確保を調査しましたが、なかなか条件を満たすスタジオが見つかりません。アナログレコーダーを所有しているスタジオが現在本当に少なくなっている事を痛感しました。
スタッフの方の力を借り調査を続け、ようやく六本木にあるスタジオを見つけることが出来ました。テープの確保も出来たところで、この方法を本採用する運びとなりました。
...と、ここまでが2013年の話。